自然な甘みとコクが人気の「尾瀬ざる豆腐」。口に入れるとまるで硬めのクリームかプリンみたいな滑らかな食感。大豆本来のほのかな甘みとふくよかな香りが口中に広がります。辰巳館の朝食の中でもダントツで人気のこの豆腐を作っているのは、片品村にある「尾瀬ドーフ」の千明市旺(いちお)さん。
平成8(1996)年、酪農家から転身して豆腐屋に。創業当初は輸入大豆を使っていたそうですが、やがて、地場の大豆の素晴らしさに目覚めます。
幻の大豆を復活!
その大豆は、外皮は赤く、中身が白い「大白(おおじろ)大豆」。
江戸時代から栽培されている地大豆で、他の大豆と比べると、大粒で糖質が多く、脂肪分が少ないのが特長。
「かつては醤油も味噌も納豆も、みんな自分たちで作っていたはずなのに、村からそうした食文化が消えてしまっていたんです」。千明さんはここ数十年の食文化の変化を憂いて、幻の大豆の復活を試みました。
昭和30年代には、煮豆用の大豆として高値で取り引きされ、北海道産大豆と一、二を競うほどの品質ともいわれていた大白大豆ですが、気づいたときには誰も生産者がいなくなっていたそうです。
この在来種の大豆を復活させようと、孤軍奮闘。農家が自家用味噌用にとわずかながら作っていた大豆を見つけ、11年かけて畑を再生、現在は、自家栽培と20軒ほどの契約農家とで、無農薬・低農薬栽培に取り組みます。
昔ながらの自給自足の村へ
大白大豆は他の国産大豆と比べると5倍以上の仕入れ値がかかるので、原価だけを考えれば割に合いません。
では、なぜ復活させたのか? というと……
「商売の目的は儲けることじゃなくて、古くからこの土地で栽培されてきた地大豆を復活させることによって、片品村の原風景を守り、循環型の農村を取り戻す」という使命を感じているから。
「大白大豆」を核にして、自給自足ができる本来の村の姿に戻していく。そして片品村の活性化、自立までをも考えているのだそうです。
もうすぐ70歳を迎える達人ですが、その熱意と好奇心は尽きることなく、挑戦はまだまだ続きます。
塩、オリーブオイル、醤油をお好みで
大きくて黄金色をしていて、甘みがあって、脂肪分が少ない。
そんな大白大豆は、ほかには見られない大豆。
「外から入ってきた大豆が、この村の気候風土だけに合う大豆に変わったんじゃないかと思うんです」(千明さん)。
かつて、日本各地で栽培されていた地大豆は、それぞれ個性がありました。しかし、日本各地の食文化が破壊され、原料にすら地域性がなくなりつつあります。
千明さんは言います。
「それを守り伝えていくことが、豊かな暮らしを守ることではないか」と。
在来種であれば、遺伝子組み換えの心配もなく、安全・安心なのも嬉しいですね。
辰巳館の朝食ではまずは何もつけず、大豆の甘みを味わってみてください。次に、四国の出汁醤油やポルトガルのオリーブオイル、塩などをお好みで。調味料によって変わる豆腐の味わいをお楽しみください。